事業を営むみなさん、金融機関などからお金を借りるとき、
「担保の差し入れをお願いします」
といったお願いをされたこと、ありますよね?
「担保」というのは、ごく簡単に言えば、借りたお金を返せなくなったときに、担保として差し出しているモノを換金して、その換価金をもって返済する制度のことです。
日本では、抵当権や質権(しちけん)をはじめ、民法をはじめとする「法律」で担保制度が定められています。
質権って聞きなれないですか?
「質屋」とか「人質」といった言葉のもとです。
今回ご紹介する「企業価値担保権」というのは、今までになかった、まったく新しい資金調達手法です。
金融庁が創設しました(創設の背景は後述)。
資金調達のひとつのメニューとして、知っておいて損はないと思います。
ポイント
この制度は2026年5月25日にスタートする予定です。
※本記事は事業者向けの記事です。金融機関向けの記事は別途ご用意します。
簡単に制度を説明
さて、企業価値担保権について簡単に言ってしまうと、
事業のすべてを、まるごと担保に差し出して、お金を借りる制度
ということになります。
借り手(事業者)と貸し手(金融機関)の双方からみるイメージはこうです。
借り手(事業者):土地や建物のような不動産はないけれど、パソコンさえあれば成功が見込める事業。何かあればこの事業を売って返す。不動産が無くても事業資金を貸してほしい
貸し手(金融機関):融資を申し込んできた会社さん、土地も建物もなくて、担保を差し出すことができないんだよな…。でもこの事業、何年かしたら成功するような気がするんだよな。でも担保がないのに貸すのはちょっとな…
という、「土地や建物といった有形資産がない事業者に対し、なんとか資金供給できないか」という問題意識を解消するための制度です。
メリット
上記から導かれる事業者側のメリットは次の通りです。
(金融機関側のメリットは後日)
メリット
○ 土地や建物といった有形資産に乏しくても、資金調達の可能性が生まれる
○ 金融機関と密な関係が構築でき、柔軟な経営サポートを受けられる
2つ目はもう少し具体的に書きます。
素朴に、貸し手の気持ちになってください。誰か身近なひとからお金を貸してほしいと頼まれたとしましょう。
貸し手としては、貸したお金が返ってくるか、疑いますし、不安になります。
そこで、万が一に備えて、別の回収手段を求めるわけです。
ところが、目の前の相手からは「事業」という価値が不安定なものしか差し出されていません。
すなわち、事業がうまくいかなければ貸したお金が返ってこなくなります。
とすれば、貸し手としては、全力で事業がうまくいくよう応援したくなりますよね?
これが、2つ目のメリットの肝です。
金融機関としては、借り手に倒産してもらっては困るので、より一層コミュニケーションをとり、
必要とあらば事業改善の相談に乗ったり、事業計画の見直しを手伝ってくれたり、あるいは追加の資金供給もしてくれるでしょう。
また、事業拡大の際にも惜しみない支援が期待できます。
このように、強固な「伴奏支援」が得られるというメリットがあります。
デメリット
さて、次はデメリットです。
事業者にとってのデメリットは次のとおりです。
デメリット
× 何かあったら手塩にかけて育ててきた事業を手放すことになる
× 他の融資商品よりも金利が高くなるおそれ
特に1つ目は、主観的にはキツイものがあるのではないしょうか。
2つ目は、金融機関側のコストが非常に大きい制度なので、その分、事業者側の資金調達コストに反映されるということです。
つまり、こういうことです。
メリットで書いた「伴奏支援」ですが、それを行う金融機関側の気持ちで考えてみます。
伴奏支援は文字通り、寄り添った支援を行うことですが、金融機関は他にも多くの借り手を抱えています。
それぞれの業況を確認しつつ、ひとりだけに多くの時間をかけることは相当に大変なことです。
そのひとりを特別扱いするために、多くの人員と時間を割くには相応のコストがかかりますよね。
とはいえ、実際にどれほどの金利になるかは、この制度が始まってみないとわからないところです。
創設の背景
さて、すこし細かい事を書きます。興味ない方は飛ばしていただいて結構です。
この企業価値担保権は、金融庁サイドの危機感というか、思い付きで創設されました。
上記のとおり「スタートアップなど不動産等の有形資産に乏しい事業者への円滑な資金供給ができていない」という危機感です。
我が国はバブル崩壊後の金融政策などを背景として、不動産等の担保に依存した融資慣行が形成されているとされています。
見方を変えると、担保第一主義であり、担保に乏しい事業者には資金が供給されにくいという状況が長く続いているということです。
もっとも、担保を重視する考え方は、素朴で自然な考え方だと思います。
読者の皆さんは、先ほど「貸し手の気持ち」になったからわかると思います。
とはいえ、起業して時間が経っていない事業者や、そもそもパソコン1台で事業を行うような事業者においては、不動産等を有していないことが多いのもまたうなずけるところです。
こうした事業者に事業資金が供給されないことは、我が国の新陳代謝や成長を乏しくする可能性を生みます。
こうした危機感が背景にあります。
この危機感は政府も有しており、起業の応援は国策となっています。
参考
政府「経済財政運営と改革の基本方針2025」(骨太の方針2025)にて「スタートアップ5か年計画を推進」することが盛り込まれています。
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2025/decision0613.html
そこで金融庁が目をつけたのは欧米の制度。
つまり、アメリカやイギリスには「全資産担保」という制度があり、これを日本に輸入できないかと考え、企業価値担保制度が創設されたわけです。
一方、銀行をはじめとする金融機関はこの制度に大きく戸惑います。
なぜならば、バブル以前は、いま金融庁が指摘するほどの担保に依存する状況ではなく、むしろ、事業者の事業内容に注目した融資を行っていたにもかかわらず、バブル崩壊後、担保を重視するよう促したのは、ほかでもない金融当局だからです。
加えて、誰もやったことがない、まったく新しい制度を、金融庁が勝手につくったことも戸惑いの一因です。
金融機関側からは、求めもしない制度を一方的に押し付けられた形です。
こうしたことから、金融庁と金融機関の間には大きな温度差が生じたため、金融機関側の態度も様々となっているばかりでなく、各金融機関でこの制度に対する向き合い方も様々となっています。
このほか、信用保証協会、信託業界、公認会計士業界等とも金融庁は温度感を合わせられていないのが現状です。
各方面との温度感を金融庁が合わせられるかが今後の注目点です。
もし合わせられなければ、金融政策の失敗例として刻まれるかもしれません。
まとめ
今回は「企業価値担保権」について、事業者側の目線で、ごく簡単に解説しました。
この制度は日本初の仕組みなので、1つの記事で書き尽くすことは不可能です。
金融機関側の目線をはじめ、より具体的な内容を、今後も解説していきます。
参考
○ 事業性融資の推進等に関する法律(事業性融資推進法):第6条~第215条
○ 金融庁「企業価値担保権(旧:事業成長担保権)について」(金融庁HP)